東日本大地震が発生してからおよそ1ヵ月後の4月7日~8日とクレコスのメイク講習会
で秋田市へ出張してきました。
チケットを手配するときツーリストのスタッフは「本当に行くのですか?大丈夫です
か?」と心配しました。
「大丈夫よ、大丈夫!」と受け流したものの出発日が近づくにつれて多少の不安がよ
ぎりました。
さて、当日は残雪の山々を眺めながら秋田空港に降り立ちました。
一日の仕事を終えホテルのベッドでうたた寝をしていたところ"ずど~ん"と夢の中
で地響きを聞いたような気がしました。
直後、"ぴぴぴぴぴっ!!"と携帯からけたたましい音が・・。
飛び起きて携帯を手にすると23時32分。"宮城沖に5.7の地震発生"と出ています。
「きゃあ、地震だあ。」とたんカシャっと音を立てて電気が消え真っ暗やみに。
館内放送が流れ、「決してエレベーターに乗らぬよう!」と繰り返します。
携帯の灯りを頼りにおそるおそる廊下に出てみるとすでに人だかりが。
そこへ・・非常階段を走って登ってきたのでしょう、汗まみれになったホテルマン
が、籠いっぱいに懐中電灯を抱えてやってきました。
TVを見ることが出来ないので情報はありません。
わかっているのはつい今しがたこの秋田に地震が発生した、ということだけです。
同じ階に宿泊の人たちは口々に不安を唱、いかにびっくりしたかを訴えています。
それから小一時間、廊下で立ち話した後、それぞれ部屋に戻りました。
翌朝はお湯は出ないし部屋も冷え切っていました。
暗いダイニングで朝食をいただきましたが、ご飯をかみしめながら頭にあるのは被災
者の方々のこと。
不思議なことにそれは大阪にいる時よりもっとリアルに、もっと身近に感じられるの
でした。同じ東北にいる・・・、という気持ちがそうさせたのかも知れません。ま
だ船酔い状態ながらこんなふうにご飯をいただけて幸せだとつくづく感じさせられま
した。みんなが早くこんな温かいお味噌汁をいただけるようになるといいのに。
現地の人の話によれば「一回目のときより怖かった。」とのことでした。
二日目は停電中のうす暗い室内でしたが予定通り講習会を終えました。
途中、午後2時過ぎだったでしょうか?ようやくぱっと電気がついたときは時節柄、ま
るで満開のさくらを見たときのようにみんな「わあっ!」と歓声を上げました。
東日本を始め日本列島に早く心から喜べる本当の春が来ますように。
暮れかかる秋田空港を飛び立った飛行機の中から、多くの被災地の一日も早い復興を
祈らずにはいられませんでした。スタッフF・S